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強制との関係

強制を要素とするか

法と道徳との間には重なり合う部分があるとして、法を法たらしめるためには、違反した者に対して制裁を加えることにより強制できる建前になっていることが要求されるかという問題がある。この点についてケルゼンは、法は、一定の行動がある場合には強制(刑罰、私法上・行政上の強制執行など)が発動されるべきという法命題として定められている必要があるとした。これに対し、法の強制的な性質は承認するとしても、強制的手段を伴うことは必ずしも必要ではないとする見解もある。

強制が法の要素であることを肯定した場合、一般的には法と呼ばれない規範であっても、その違反に対する制裁が実力を伴う場合(いわゆる村八分の存在、団体内部の掟など)があるため、このようなものを法の概念から排除する必要が生じる。そのため、強制が高度に組織化されていることを要求する考え方が成り立つ(もっとも、国家成立前の法や未開社会の法をも考察の対象とするある種の法学の分野においては、法を広く捉える必要性があるため、このような縛りをかける必要性は低い)。

また、強制との関連で、国際法は法であるかという問題がある。国際法は、その強制という点では、国内法と比較して組織化の点で未発達である点などから、実定的な道徳に過ぎないという考え方もある。もっとも、第二次世界大戦後は国際連合や欧州評議会といった国際組織の整備が進むことにより、国際法の法的性格を強めているとも言える。

強制の正当根拠

法と道徳との関係をめぐる問題や、必要条件であるかどうかは別として法には強制力を伴う点から、法が個人の行動に対して干渉できるのはどのような根拠に基づくのかという問題がある。

この問題につきよく引用される考え方の一つとして、ミルが提唱した侵害原理(危害原理とも、harm principle)、すなわち、個人の意思に反してその行動に干渉できるのは、個人が他者に対して何らかの侵害を加えることを防止するためであるとする考え方が挙げられる。しかし、古典的な自由主義社会であればともかく、社会経済的弱者保護という観点が強調される福祉国家思想が広まった社会では、このような根拠だけで説明し切れるかという問題点もある。

これに対し、法と道徳とが全く無関係でないことを前提に、法が行動に干渉する根拠について社会道徳それ自体の維持を強調する見解があり、法的モラリズム (legal moralism) と呼ばれる。この見解を貫くと、個人の行為が他者に対する侵害を伴わない場合であっても反倫理的という理由により干渉することが可能になるため、個人の自由な領域の確保という点で問題が生じる。

さらに、本人にとって利益になることを以て個人の行動に介入することを正当化するパターナリズム (paternalism) の考え方がある。一般論としてこの根拠を肯定できる場合がありうるとしても、細かな点につき様々な問題がある。特に、それが肯定されるのは被介入者が自らの行動につき適切な判断能力を欠いている場合に限るか否か、という点が問題となる。また、この見解を徹底すると自己決定権との関係がどうなるかという問題に突き当たる。

(引用:Wikipedia)